誰もが一度は直面するであろう介護の問題。
介護とはただの肉体労働ではありません。
同時に自分の心も支え、終わりのない疲弊と孤独の苦しみと向き合わなければならない試練です。
特に自分を育ててくれた両親や祖父母の介護となると、それまでの関係によっては非常に困難になることもあるでしょう。
私の友人の男性Nは現在看護師をしていますが、過去に経験した祖母の介護は看護師の仕事と比べ物にならないほど苦痛だったと語ります。
今回は祖母の介護で孤立した友人男性のエピソードを紹介します。
父の死で一変した生活
私の友人Nは幼い時に両親が離婚し、父と祖母と3人で暮らしていました。
祖母が母の代わりをしてNを育ててくれていましたが、Nは祖母のことが好きではありません。
もともと仲の良かった両親が離婚したのは祖母による母へのいびりが原因。
精神を病んだ母は不倫しNを置いて家を出ていってしまったのです。
それを知っていたNは祖母のことをどこか冷めた目で見ていて、普段からあまり会話をしなかったそう。
そんなNに対して祖母は厳しく、学校でのことや家でのことなど、細かいことを何でも口に出していたのだそうです。
一家を支えるために懸命に働く父は家にいる時間も短く、家庭内はいつも静まり返っていました。
そんな生活が一変したのはNが20歳の頃。
父が職場で心臓発作を起こし、そのまま帰らぬ人となってしまったのです。
突然父を亡くして祖母と2人きりになってしまったN。
今まで父が支えてきた家庭を今度は自分が背負う責任を負うことになってしまいました。
大学を辞めて近所の倉庫でアルバイトから正社員となり、家計をなんとか支えていましたが生活に余裕はありません。
次第に祖母に認知症の兆候が見られ、仕事と介護を両立する生活へと変わっていきました。
祖母と2人暮らし、進行する認知症
最初は些細な物忘れからでした。
テレビのリモコンやカバンがなくなったと言い張る祖母を、笑って軽く受け流していたN。
しかしそれは日に日に頻度が増していき、つい数分前のことすらも思い出せなくなっていったのです。
そして次第に祖母の性格は怒りっぽくなっていき、Nに暴言を吐くようになります。
普段から真面目で曲がったことが大嫌いな祖母だったので、小さなことで不満を言うことは珍しくありませんでした。
しかし、それがたまにではなく、ずっと何かに怒って物に当たるようになったのです。
さすがに自分だけでは手に負えないと思うようになったN。
職場の同僚にその悩みを打ち明けると、施設に入所させることを提案されます。
祖母が絶対に聞き入れないことを承知で、Nは渋々そのことを祖母に話します。
案の定、祖母はその話を聞いて大激怒し、「育ててもらった恩を忘れたのか!」と詰め寄ります。
好きではないとはいえ祖母がいないと生活できなかったのは事実で、Nには返す言葉もありません。
Nは一種の罪悪感を覚えて、施設や介護サービスの利用を断念してしまいました。
孤立と介護疲れ
祖母と2人の生活は想像以上に過酷でした。
毎日の仕事の疲労と家で浴びせられる祖母の罵詈雑言。
時間にも精神的にも余裕がなくなり、仲の良い友人との連絡も次々に途絶えていきます。
そしてついに、ある事件が起こってしまいます。
ある日、祖母がタンスにしまってあったという財布を失くし、Nが盗んだと言って暴力を振るってきたのです。
それまで溜め込んだストレスからNも声を荒げて祖母に強く当たります。
(このまま祖母を楽にさせて自分も……。)
Nは当時、常に頭には、この考えが支配していたと言います。
そうしなかったのは、かろうじて保っていた自分の理性のみだったそうです。
しかし、この時ばかりはその理性も壊れる寸前でした。
周囲との繋がりと支援を
この状況を救ったのは近所の住人による警察への通報でした。
到着した警察官はNから話を聞くと、責めることなく慰めの言葉をかけてくれました。
その言葉にNは感極まって号泣してしまったと言います。
細かいことは色々聞かれましたが、その後介護サービスの利用を案内され周囲の協力を得て支援へと繋がったのです。
現在看護師をしているNですが、辛い看護師の仕事よりも祖母の介護の方が辛かったと当時を語ります。
看護師の仕事は大変とはいっても相手は他人で、本当に大変なら辞めるという選択肢が選べます。
しかし、身内の介護は終わりが見えず逃げられない孤独の戦いです。
赤の他人なら割り切れるようなことでも、身内となると違う感情が沸き起こってくるもの!
Nは限界寸前で運よく周囲のサポートを受けることができましたが、これはただ単に運が良かったとしか言いようがありません。
介護は体力、精神、金銭的にも大きな負担がかかる過酷なものです。
一目見て分からないだけで、同じように孤立した介護生活に苦しむ人は世の中に多くいます。
介護の問題を一人で抱え込んではいけません。
周囲の人々に助けを求め、適切なサポートを受けることが何よりも大切です。
kitsuneko22著